慢性疾患コラム

2026.05.26 自律神経失調症

動悸がするのに心臓は正常? ― 循環器で”異常なし”のその先にあるもの

♦ はじめに ― 「動悸が気になって病院に行ったのに…」

 

「ドキドキして苦しいのに、心電図も心臓のエコーも”異常なし”って言われた。」

こういった経験をされたことはありませんか?

実は、動悸を主訴に循環器内科を受診される方のうち、約40~50%は心臓そのものに明らかな異常が見つからないと言われています。ある調査では、動悸で受診した190名の患者さんを詳しく調べたところ、原因が心臓にあったのは43%で、31%は精神的な要因、10%はその他の原因、そして16%は原因が特定できなかったと報告されています。

つまり、動悸を感じている方の半数以上は、心臓以外のところに本当の原因が隠れている可能性があるのです。

では、心臓に問題がないのに、なぜドキドキするのでしょうか?

今回は、2025年に発表されたばかりの海外の医学論文をご紹介しながら、「心臓は正常なのに動悸がする」というお悩みの”その先”を一緒に考えてみたいと思います。

 


♦ 紹介する論文について

 

今回ご紹介するのは、2025年2月に『Journal of Clinical and Basic Psychosomatics(臨床・基礎心身医学ジャーナル)』に掲載された症例報告です。

 

論文タイトル: 「Psychogenic fever and palpitations in a patient with autonomic nervous system dysfunction: A case report(自律神経機能障害を伴う患者における心因性発熱と動悸:症例報告)」

著者: Rong Chen, Rongjing Ding(北京協和医科大学病院リハビリテーション科)

掲載誌: Journal of Clinical and Basic Psychosomatics, 2025; 3(3): 106-115

 

この論文は、中国のトップクラスの病院である北京協和医科大学病院から報告されたもので、動悸と微熱が1年間続いたにもかかわらず、あらゆる心臓の検査で異常が見つからなかった58歳の男性患者さんについて書かれています。

 


♦ 1年間、原因不明の動悸と微熱に悩まされた男性

 

この患者さんは58歳の男性で、約1年間にわたって繰り返す微熱(37℃台)と動悸に悩まされていました。

「何かおかしい」と感じて病院を受診し、非常に詳しい検査を受けています。血液検査では、心筋酵素(クレアチンキナーゼ、クレアチンキナーゼMB、ミオグロビン、心筋トロポニン、乳酸脱水素酵素)がすべて正常範囲内。心臓超音波検査(心エコー)でも異常なし。さらに心臓MRI検査まで実施しましたが、やはり異常は認められませんでした。頸動脈エコーでも特に所見なし。

つまり、心臓に関するあらゆる検査をしても「異常なし」だったのです。

多くの方がここで、「じゃあ気のせいなのかな…」と思ってしまうかもしれません。でも、この患者さんの動悸や微熱は確かに存在していて、日常生活に支障をきたしていたのです。

 


♦ 見落とされがちな「こころ」と「自律神経」の関係

 

検査で心臓に異常がないことが確認された後、この患者さんは心理的な評価を受けることになりました。

使われたのは、世界中の医療現場で広く使われている標準的な心理検査です。うつ症状を評価するPHQ-9(Patient Health Questionnaire-9)、不安症状を評価するGAD-7(Generalized Anxiety Disorder-7)、身体症状の強さを測るPHQ-15、知覚ストレス尺度(PSS)、疲労尺度、睡眠の質を評価するピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)など、複数の検査を組み合わせて総合的に評価しています。

 

その結果、この患者さんには慢性的なストレス、軽度のうつ状態、そして中等度の不安が認められました。

さらに重要だったのが、自律神経機能の評価です。心拍変動(Heart Rate Variability:HRV)を測定したところ、軽度の機能低下が確認されました。

HRVとは、心拍と心拍の間隔(R-R間隔)のわずかな”ゆらぎ”を数値化したもので、自律神経がどれくらいしなやかに働いているかを客観的に示す指標です。健康な方の心臓は、一見規則正しく動いているようでいて、実は1拍ごとに微妙にリズムが変化しています。このゆらぎが豊かなほど、自律神経の調節力が高いことを意味します。

この患者さんでは、このゆらぎが減少しており、自律神経の柔軟性が低下していることが示されたのです。

 


♦ 「心因性発熱」という知られざる病態

 

この論文のもうひとつの重要なポイントは、「心因性発熱(Psychogenic Fever)」という概念です。

心因性発熱とは、感染症や炎症などの身体的な原因がないにもかかわらず、心理的ストレスによって体温が上昇する現象です。通常の発熱は免疫系から放出される炎症性サイトカイン(インターロイキン1やインターロイキン6など)が視床下部の体温調節中枢に作用して起こりますが、心因性発熱はこの経路とは異なり、ストレスによる交感神経の過剰な活性化が関与していると考えられています。

つまり、ストレスが自律神経のバランスを乱し、交感神経が過度に優位になることで、体温上昇と動悸が同時に起きていたのです。

この患者さんの場合も、風邪や感染症の所見はなく、血液検査でも炎症反応は陰性でした。にもかかわらず繰り返す微熱があり、それが心因性発熱であると最終的に診断されました。

 


♦ 抗不安薬と抗うつ薬で症状が改善

 

この患者さんに対して、抗不安薬と抗うつ薬による治療が開始されました。

すると、動悸も微熱も大きく改善したのです。

このことは非常に重要な意味を持っています。つまり、心臓そのものには問題がなくても、自律神経の乱れが動悸という”心臓の症状”を引き起こしうるということ。そして、その根っこにある心理的ストレスや不安・うつに適切にアプローチすることで、身体の症状も改善できるということを、この症例は明確に示しています。

論文の著者らは、「心臓疾患の患者さんにおいてメンタルヘルスの問題はしばしば見過ごされている」と指摘し、原因不明の症状に対しては心理的評価と自律神経機能検査を診断のプロセスに組み込むべきだと提言しています。

 


♦ 動悸の約45%に不安やうつが関係している

 

この論文の知見は、決して珍しいケースではありません。

実は、動悸を主訴に心臓モニター検査を受けた患者さんの約45%に、不安障害やうつ病のいずれかが認められるというデータがあります。さらに、そのうち26%がうつ病の基準を満たし、35%が中等度以上の不安を示していたと報告されています。

また、不安障害は心血管疾患のリスクを高めることも、約25万人以上を対象としたメタアナリシス(複数の研究を統合した分析)で示されています。

つまり、「こころ」と「心臓」は想像以上に密接につながっているのです。不安やストレスが自律神経を介して心臓の動きに影響を与え、動悸として感じられる。そしてその動悸がさらに不安を強め、自律神経のバランスをますます崩していく……。この悪循環こそが、多くの方を苦しめている”正体”なのかもしれません。

 


♦ 自律神経のバランスを整えることが大切

 

では、どうすればよいのでしょうか?

この論文が示唆しているのは、心臓の検査で「異常なし」と言われたとき、そこで終わりにしないことの大切さです。

自律神経の状態を客観的に評価し、心理的な背景にも目を向ける。そのうえで、呼吸法やリラクゼーション、カウンセリング、必要に応じた薬物療法などを組み合わせて、自律神経のバランスを整えていくことが重要です。

特に呼吸は、私たちが意識的にコントロールできる数少ない自律神経への”入り口”です。ゆっくりとした深い呼吸は、迷走神経(副交感神経の主要な神経)を刺激し、心拍変動を改善させることがわかっています。1分間に6回程度のゆっくりとした呼吸(1回の呼吸に約10秒)を5~10分間行うだけでも、自律神経のバランスは変わり始めます。

「異常なし」は「どこも悪くない」という意味ではありません。「今の検査では見つけられなかった」だけかもしれないのです。あなたの身体が発しているサインに、もう少し耳を傾けてみませんか?

 


♦ おわりに ― あなたの動悸、ひとりで抱え込まないで

 

「動悸がするのに心臓は正常」と言われて、モヤモヤした気持ちを抱えている方は少なくありません。

でも、今回ご紹介した論文が教えてくれるのは、心臓に異常がないからといって「大丈夫」で片づけてはいけないということ。そこには、自律神経やこころの問題が隠れている可能性があるのです。

大切なのは、身体だけでなく、自律神経の状態やこころの健康も含めて、トータルで診てもらえる場所に相談することです。

動悸や息苦しさ、原因のわからない不調でお困りの方は、ぜひ一度、岡崎ゆうあいクリニックにご相談ください。

 


参考文献: Chen R, Ding R. Psychogenic fever and palpitations in a patient with autonomic nervous system dysfunction: A case report. Journal of Clinical and Basic Psychosomatics. 2025; 3(3): 106-115. doi: 10.36922/jcbp.4864

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